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神戸地方裁判所 昭和53年(ヨ)683号 判決

債権者

近藤正博

右訴訟代理人弁護士

深草徹(ほか四名)

債務者

川崎重工業株式会社

右代表者代表取締役

梅田善司

右訴訟代理人弁護士

北山六郎(ほか二名)

主文

債務者は債権者を債務者の従業員として仮に取扱え。

債務者は債権者に対し、昭和五三年八月一八日から本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、一か月当り金一〇万七、五二〇円の割合による金員を支払え。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(債権者)

主文第一ないし第三項と同旨の判決。

(債務者)

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

(申請の理由)

一  債務者は、主として船舶、航空機等の製造、販売を目的とする株式会社であるが、債権者は、昭和四九年四月、債務者に雇用され、以来債務者の船舶事業本部企画室管理部電算企画課に所属し、主として電算端末機のオペレーターとしての業務に従事して来た。

二  債務者は、昭和五三年八月一七日(以下特に年を示さない場合は同年を指すものである)、債権者を解雇したとして、その翌日以降債権者を従業員として取り扱わず、賃金も支給しない。

三  債権者は、本件解雇当時、毎月二五日に賃金の支払を受けていたが、その基本給月額は一〇万七、五二〇円であった。

四  債権者は、債務者から支給される賃金を唯一の生活の資としているものであり、本案判決確定まで右賃金の支払を受けられなければ、生活に困窮し回復し難い損害を受けるおそれがあるので、本件申請に及んだものである。

(申請の理由に対する債務者の答弁)

一  申請の理由一ないし三の各事実は認める。

二  同四は争う。

(抗弁)

一  債務者は、八月一七日、債権者が後記の配転を拒否した行為は就業規則一二三条一項三号の懲戒解雇事由「職務上の指示、命令に従わず、職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」に該当するものと判断し、同二四条四号の通常解雇事由の「懲戒解雇に相当する事由があるとき」に該当することを理由として、債権者に対し口頭で同日限り解雇(以不本件解雇という)する旨の意思表示するとともに、同規則に従い、債権者に対し解雇予告手当、退職金及び同日までの給与精算残額を交付しようとしたが、債権者がその受領を拒否したため、これを弁済供託した。従って、債権者と債務者間の労働契約は同日限り終了している。

二  債務者は、六月一二日、債権者の所属長である企画室管理部長小沢益夫を通じ、債権者に対し口頭で、債権者を同月一六日付で航空機事業部生産技術部プロジェクト計画課勤務を命ずる旨の配転命令(以下本件配転という)を通告したが、その経緯は以下のとおりである。

《以下事実略》

理由

一  当事者、本件労働契約及び債務者の機構等(当事者間に争いのない事実)

1  債務者は、主として船舶、航空機、車両、鉄構物、各種機械等の製造販売を営業目的とし、神戸市に本店を置き、全国に工場一九か所、従業員三万〇、二三二名(一〇月末現在)を擁しており、本社部門の外に、製品群別に船舶、車両、航空機、プラント鉄構、機械、発動機の六事業本部が置かれていて、それぞれ前記営業が行われている。

そして、右船舶事業本部は、管理部門として企画室及び神戸事務所を営業部門として船舶営業本部(神戸、東京)を有する外、生産部門として各種船舶の建造を担当する神戸、坂出両造舶事業部を、また船舶の修理、改造を担当する修繕船事業部を、前記事業部同様、神戸及び坂出両工場に置いている。

また、前記航空機事業本部には船舶事業本部と同様に、企画室が置かれるとともに、岐阜工場内において各種航空機の製造を担当している航空機事業部と航空機営業本部が置かれている。

2  債権者は、昭和四九年四月、債務者に雇用され、以来前記神戸工場に所在する船舶事業本部企画室管理部電算企画課に所属し、主として電算端末機のオペレーターとしての業務に従事して来た。

二  本件配転について

1  (証拠略)によれば、債務者は、六月一六日付で債権者を前記航空機事業部の生産技術部プロジェクト計画課勤務を命ずる旨決定し、同月一二日午後五時頃、債権者の上司である前記船舶事業本部企画室管理部長小沢益夫が、右の辞令を債権者に交付しようとしたところ、債権者がその受領を拒否したため、その際同人に対し右辞令を読み上げるとともに、同月一六日に岐阜工場に必ず出勤するよう告げたことが疎明され、この認定に反する債権者本人の供述部分は前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。

2  ところで、右配転命令によると、債権者の勤務場所は、神戸工場から岐阜工場に変更することになるが、右命令は、本件労働契約に含まれる勤務場所を神戸市周辺に限定する旨の合意に違反し、右契約内容改訂の申入れに過ぎないものであって、職務上の命令に該当しない旨債権者は主張するので、この点について検討する。

(一)  ところで、一般に労働の場所は、労働者にとってその生活上重要な意義を有するものであって、重要な労働条件の一つとして労働契約の要素をなすものと解すべきであるから、使用者が労働者に対し指揮命令権を行使して配置転換をし、従前と異なる場所で労務を提供することを命じうるのは、当該労働者との間で合意された労務提供場所の範囲に限定されるというべきである。そして、使用者が、右範囲を超えた配転命令を仮に業務命令としてなしたとしても、それは当該労働契約内容の変更申し入れの意義を有するに過ぎず、労働者の同意がない以上同人に対する拘束力を生じないものと解すべきである。

(二)  そこで、債権者と債務者間の本件労働契約において、債権者の主張するように勤務場所を限定する合意がなされたか否かを検討してみる。

まず、債権者が本件労働契約に際し、その勤務場所につき、具体的かつ明示的(明文化するなど)にその範囲を限定する特段の合意を債務者との間でなしたことを認めるに足りる疎明はない。

なお、(証拠略)によれば、本件労働契約については、昭和四九年四月一日付で労働契約書が作成され、これには、債務者は就業規則を明示し、これに基いて債権者を使用すること及び債権者は右就業規則に従い誠実に勤務する旨の記載があり、他方、債務者の就業規則第一四条には「会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることがある」との記載があること並びに債務者と債権者の所属する労働組合との間に締結された労働協約第三七条一項には「会社は業務上の都合により、組合員に対して転勤、職種変更、配置転換、役職任免ならびに出向を命ずることができる」との記載があることがそれぞれ疎明される。ところで、右のような包括的な配転権限を使用者に承認する趣旨とも解しうる就業規則及び労働協約の規定の存在や右就業規則の規定の適用を承認する旨を労働契約書に明記している点は、本件労働契約における勤務場所についての合意内容を解釈するに際しては、その一資料として考慮すべきであるが、ただ、債務者は、前記のように全国的に多数の事業場を有しており、その従業員も多数であって入社時までの経歴、入社後の担当職務、その生活環境も多様なことが推察されるから、「従業員」あるいは「組合員」につき右のような個人的事情を考慮せず一律に配転権限を承認する趣旨とも解しうる前記規定を、当該労働契約の内容を解釈するに当っての決定的要素と速断し、これらにより使用者の包括的な配転権限を合意したものとみるのは相当ではない。むしろ、前記のような個別的事情を検討して当事者間の契約内容を合理的に解釈すべきである。

そこで、この観点から本件について検討してみると、(証拠略)によれば、(1)、債権者は徳島県立貞光工業高校の電気科を卒業し(この点は当事者間に争いがない)、債務者に入社して設計、電気関係、電算関係の仕事を担当することを希望していたこと、(2)、債権者の入社当時その父は既に亡く、母は徳島県に居住し、農業を営むかたわら付近の工場に勤務して生活していたこと、(3)、債権者の兄弟は兄一人であるが、同人は既に結婚して他の会社に勤務し、広島市に居住していること、債権者は、債務者に入社する以前に、その募集要綱をみて勤務地は神戸市となるものと予想したが、債務者の工場が坂出市にあり、近い将来その母の居住する前記の出身地に比較的近い右坂出工場に配転されることも期待して債務者に入社したものであることがそれぞれ疎明される。以上の事実関係からみると、債権者はその母の居住地との関係からいって、右坂出工場に勤務することを期待していたことがうかがえるが、同地も母と同居しつつ勤務できる地理的関係にないことからみても、本件労働契約締結当時同地を勤務場所とすることを特に必要とする個人的事情があったものとは解せられないのであり、さらに当初の勤務地となった神戸市については、右坂出市の場合以上にその勤務を必要とすべき個人的事情があったものとは解しがたいと云わなければならないし、また、債権者の前記担当希望の職務自体も、神戸市ないしその周辺地域での勤務を特に必要とする事情と解するのは困難である。

他方、(証拠略)によれば、債務者がその従業員を採用する場合、いわゆる技術職か現業職かによって、その試験内容、場所及び方法について異った扱いがなされていたところ、債権者については、技術職として扱い、本社の人事業務部採用課がその採用業務を担当し、試験場も本社(神戸市)であり、試験内容も英語、専門科目についての記述試験が行われたものであり、また、その入社後の職務内容も電子計算職として養成していたもので、前記電算企画課に配属され入社後本件配転時点までの約四年間、電算端末機のオペレーターの職務が中心であった(この点は当事者間に争いがない)が、プログラマーの職務も若干担当したことがあり、債務者は債権者を将来プログラマー、システムエンヂニアへと育成して行く方針をとっていたもので、債権者を漸次電子計算職としてより複雑な業務を担当させる予定であったことが疎明されるのである。

以上の事実からみると、債権者は、前記の経歴、入社後の担当職務等からいって、大規模な組織を有する債務者内部において、その主張のように一般的には幹部候補社員として全国的規模で勤務地を移動することが当然に予定されている従業員とは云えず、従ってその配転に当ってその必要性をより厳格に判断されるべき立場にあったものと解すべきであるとしても、前記のように全国各地に多数の事業場を有する債務者に、現業職ではなく技術職として採用され、その業務を担当してきたものであり、また、本件労働契約締結当時、債権者が特に神戸市近辺の事業場において勤務することを必要とする特段の個人的生活事情が見当らないこと等からみて、前記就業規則ないし労働協約上の配転に関する定めの適用を排除して、勤務地を神戸市周辺地域など特定地に限定する旨の合意が、本件につき黙示的になされているものと推認するのは相当でなく、本件労働契約において、勤務場所につき債務者に対し合理的な範囲内の包括的指定権限を与える旨の合意がなされているものといわなければならない。

(三)  以上のとおりであるから、債権者の勤務場所限定の合意を前提とする本主張は採用できない。

3  本件配転が権利濫用として無効であるとの主張について

一般に勤務場所の変更は、労働者の生活関係に深刻な影響を与える場合があるから、使用者が勤務場所の一般的指定権限を有する場合においても、それが絶対的なものと解し得ないのは当然であって、その行使についての業務上の必要性の程度、対象労働者選定の合理性、これにより対象労働者の受ける不利益の程度、その他の事情を考慮して、その行使が客観的にみて相当性を欠く場合には、右行使(配転命令)は権利の濫用として、その効力を有しないものと解すべきであるから、以下この点について検討してみる。

(一)  まず、債務者が主張するように、本件配転当時債務者がその船舶部門の人員削減をなすべき必要性を有していたか否かの点について検討する。

(証拠略)によれば、次の各事実が一応認められる。

(1) 昭和四八年秋のいわゆる「オイル・ショック」を契機としてその後船舶建造需要が世界的に減退していたうえ、その後に生じた円相場の急上昇も船舶建造受注量を更に減少させる一因となり、これに加えて船価の低落、既契約船のキャンセル、ドル建契約船の為替差損の発生による競争力の低下などの事情が加わったうえ、他方、低廉な労務費を武器とする発展途上国の造船業の台頭などの諸要因から、本件配転当時、我国造船業の不況は深刻な事態に至っていたもので、社団法人日本造船工業会の会員二三社の操業度は、昭和四九年度(各パーセント数)を一〇〇とすると、昭和五〇年度は八四・五、同五一年度は七五・一、同五二年度は五五・五、同五三年度は三四・一と年を追って激減しており、その間造船関係企業の倒産が続出するとともに、昭和五三年八月末日現在までに二二社の造船企業で推進された人員合理化案により、八、九二一名の労働者が退職を余儀なくされ、他方、右不況に対処する方策として、海運造船合理化審議会は、同年七月一四日、運輸大臣の諮問に対し、「今後の造船業の経営安定化方策について」答申したが、その中で、造船業が不況を克服しその経営の安定化を図るために不可欠な需給の均衡を回復するには、現有設備能力につき三五パーセント程度処理することが必要であるとし、債務者を含む大手造船企業七社については四〇パーセントの設備削減を計ることが必要であるとの見解を明らかにしており、右答申の内容は、同審議会の同年一〇月三〇日付の答申「特定不況産業安定臨時措置法第三条第一項の特定船舶製造業に関する安定基本計画について」に具体化され、その後、これは運輸大臣により実施に移されるに至っている。

(2) 右の造船業界の不況を反映し、債務者の新造船部門の操業度(各パーセント数)は、昭和四八年と比較すると、同五〇年度七七・六、同五一年度七三・三、同五二年度五六・七、同五三年度約四〇と低下しており、前記船舶事業本部では、時間外労働の削減、休日振替えの弾力的運用、時差勤務制度の拡大等勤務制度の合理化を図り、組織の統廃合等の実施により部門間や繁閑時の操業度の調整を進め、従業員の職種転換や多能化の推進を行うとともに、社外工や臨時従業員を削減し、さらに従来他会社に発注していた製品を社内で加工するようにしたり、新造船部門以外の新規分野に積極的に進出するなどの方策を実施したが、これら雑工事を含めても、船舶部門の操業度(各パーセント数)は、昭和四八年度と比較して、昭和五〇年度八〇・七、同五一年度七八・二、同五二年度六五・〇、同五三年度約五〇と逐年減少する状態であった。

(3) 債務者は、前記の政府の方針に従って、造船設備に関する削減計画を進めることとしたが、従業員の失業を防止し雇用の安定に努めるという要請に従い、雇用量の減少を最少限度に留めるため、全社的にみて最も仕事量の不足が激しい船舶事業本部から他部門へ相当数の人員を応援や転勤、他社への出向、応援派遣等を実施したり、一部の部門を分離独立させ、新会社を設立して要員を吸収させるなどの方法により、船舶事業本部の在籍人員数は、昭和五〇年三月末日で一〇、〇四五名であったのが、昭和五三年三月末日には八、五四八名にまで減少した。しかし、債務者は、昭和五三年度以降の造船部内の不況に対処するには、右の減員では不充分であるとして、同年五月三日に開催された臨時中央生産協議会において、前記在籍人員を早急に五、〇〇〇人に減員する必要がある旨を言明(この協議会における言明の事実は当事者間に争いがない)し、その後この方針に従って、事業本部間の配置転換、関連会社への出向、応援派遣、特別退職優遇制度による希望退職者の募集などの方法により、前記在籍人員数は昭和五四年一〇月末日現在で四、七一五名にまで減少するに至っている。

以上の事実関係から判断すると、債権者に対し本件配置転換が通知された昭和五三年六月一二日当時においても、債務者は、債権者の所属していた船舶事業本部の所属人員をさらに削減すべき必要性があったことは一応推認できる。

(二)  次に、本件配転は航空機事業部を転出先とするものであることは前記のとおりであり、債務者は、当時右事業部に従業員増員の必要があった旨主張しているので、この点について検討する。

(証拠略)によれば、我国の航空機製造業界は、昭和五三年に至り防衛庁向け次期戦闘機F―一五、次期対潜哨戒機P―3Cの生産開始及び民間需要向け次期民間輸送機YXの開発計画がそれぞれ決定して、以後長期間にわたり相当の仕事量が見込め、従前の操業度の低下状態から脱しうる見通しとなり、債務者の航空機事業本部においても、右三大プロジェクトに関し、F―一五については機体の主翼、後胴、尾翼部分とエンジンの二〇パーセント、P―3Cについて中胴とエンジンの二〇パーセント、YXについては前胴・中胴の各部分の製作をそれぞれ分担して生産することになり、さらに西独のMBB社との間で進めてきたBK―一一七(中型ヘリコプター)共同開発決定及びサウジアラビア国向けKV―一〇七(大型ヘリコプター)を含む消防、救難システムの一括受注等により以後一〇年間程度は継続して相当量の仕事を有することとなったこと及び債務者は、この状況に対処するため、生産設備を増強するとともに、三月末日において三、〇八〇名であった航空機事業本部所属人員を増強する必要に迫られていたことが一応認められる。

(三)  ここで、本件配転が決定されるまでの経緯についてみると、(証拠略)によれば、次の各事実が疎明される。

債務者の営業内における前記のような好不況部門の発生に対処し、従業員を各操業度に適合した部所に配置するための一措置として、債務者の人員計画全般を担当している本社人員対策室と船舶事業本部企画室との検討の結果、昭和五三年度中に神戸、坂出両工場の造船部門から現業職一〇四名を含めて合計一九二名の従業員を航空機事業部に配転することを決定し、その第一段階として、三月中旬頃、航空機事業部から、生産技術要員として右本社人員対策室を通じ前記企画室に技術職員四五名の配転実施の依頼がなされた。

そこで、黒田企画室長を中心として右配転対象者の人選を検討した結果、前記仕事量減少の影響を直接受け、人員の余剰が多く発生すると見込まれた神戸及び坂出両造船事業部のうち、造船設計部及び造船工作部を中心に人選がなされたが、右依頼人員のうちには電子・電気系専攻の技術者五名が含まれており、その人選については造船設計、造船工作両部から三名、残り二名は企画室管理部電算企画課からと決定され、四月中旬、神戸、坂出両造船事業部長及び企画室管理部長を通じて、右方針にもとづく具体的な配転対象者の人選が各該当部門に依頼された。

これを受けた企画室では、窪田電算企画課長が中心となって直ちに人選が検討された結果、右配転対象者として、同課の開発グループに属するシステムエンジニアの川上洋と運用グループに属するオペレーターの藤原正が選出され、予め航空機事業部から右人選についての内諾を得た。

そこで、五月八日、小沢益夫企画室管理部長は右両名に対し前記配転の内示を行ったところ、右川上は翌九日に窪田課長に対し右配転を了承する旨回答したが、右藤原はこれを承諾せず、その父が経営していた印章業を継ぐため退職することを申し出たため、結局五月一六日同人に対する説得を断念し、右退職を承認することとなった(右川上が配転に応じたこと及び右藤原が配転の内示を受けた後退職するに至ったことは当事者間に争いがない)。

そして、直ちに右藤原の代替者の検討がなされた結果、窪田課長は債権者を人選し、航空機事業部の了承等を得たうえ、同人を前記配転者に加えることを決定し、前記のように五月一八日窪田課長から債権者に対し本件配転の内示がなされるに至ったものである。

(四)  以上に認定した事情からみると、本件配転は、前記の造船部門の仕事量の減少の情況と他方比較的好況の見通しがあった航空機部門の情況に対処して、合理的な人員配置を計るために債務者が計画した大量配転の一環としてなされたものであることは一応うかがえる。

しかし、右大量配転の一環として、前記のように電算企画課に所属していた債権者を選定したことの合理性及び必要性についてはさらに検討を要する。

(人証略)によれば、昭和四九年四月債権者が入社した頃、前記電算企画課には窪田課長以下約五〇名の課員がおり、そのうちシステムエンジニア五名、プログラマー一三名、オペレーター六名がそれぞれ男子で、他は主にパンチ及びチェック業務を担当する女子で構成されていたが、その後分散していた計算機を本社に統合した関係と前記の造船部門の不振によるその仕事量の減少に伴った人員削減の要請から、課員は漸次減少され、昭和五三年五月には、課長を含めた課員は二八名に削減されていたが、同課の仕事量は造船部門の操業の減少により一般的にはその面の事務量は減少していたものの、不況の場合の傾向としていわゆる引き合い業務は増加したため、これに関連する技術計算の事務自体は増加しており、本件配転当時、電子計算機の稼動率自体は技術計算と事務計算を総合すると従前より減少していなかったもので、前記のように課員の川上が配転を承諾し、藤原が退職したことによって、その後の同課員全体の事務負担にはかなりの影響があり、全体としてその負担が加重されることとなるため、窪田課長は右藤原の退職が決定した段階で、宮道勤労一課長に対し、電算企画課からの配転候補者の人選を終了させるよう申し入れている(この点は、窪田課長が、その証言により疎明されるように、昭和四四年一月から引続き同課に所属していたもので、職場における従前の事例を了知し、かつ、現場事務の実情に通暁している者の意見として十分斟酌に値するものと考えられる)のであって、当時同課に所属していた七名の電気・電子系技術者は、うち四名が開発グループに、残り三名が運用グループに属していたところ、右運用グループには、そのリーダーであった久保の他には前記藤原と債権者しかいなかったことがそれぞれ疎明されるから、当時右川上及び藤原に続きさらに債権者をも配転により失うことは同課員の事務負担が過大となるおそれがあったことがうかがえる。

また、債務者の主張によれば、航空機事業部から要請のあった電気・電子系技術者のうち、電算企画課に割当のあった二名は、〈1〉、航空機に搭載する電気・電子装置の系統別試験手続の開発業務を担当する予定の者として、電気・電子系学科を専攻し、システム設計に精通したベテランのシステムエンジニアと、〈2〉、航空機部品を工作する工作機械のNC装置のプログラミング業務の担当者として、電気・電子系学科を専攻したプログラマーというのであって、右〈1〉に該当する者として前記川上が、〈2〉に該当する者として前記藤原が人選された旨(人証略)は証言し、(証拠略)にはこれに沿う内容の記載があるが、他方、(証拠略)によれば、藤原正は、債権者代理人宗藤泰而に対し、藤原が五月初め頃窪田課長から勤務場所の移動に応ずる意思の有無を尋ねられた際、同課長が転出先として岐阜工場のほかに兵庫工場を意味する「車輛」を挙げていた旨述べていることが疎明され、また(証拠略)によれば、債務者は、四月二四日に開催された生産専門委員会において、前記四五名の航空機事業部への配転を提案した際、右配転者のうち、生産技術部に配属された者は、当初プロジェクト計画課に配属し、一か月間の教育終了後、適性をみて生産技術部各課に配属する方針であることを明らかにしたことが疎明されるのであり、これらの事実と対比すると、(証拠略)のみで、債権者の主張するように藤原を当初から前記〈2〉に該当する者として人選したものと認めるには疑問が残るのであるが、仮にこの点は債務者の主張するところを前提として考えると、(証拠略)によれば、藤原は昭和四三年に入社して以来約一〇年間一貫して電算企画課に所属し、プログラマーとしての経験も豊富であって、前記〈2〉の要請に適合していることが疎明されるのに比し、債権者は、その供述によればその高校(電気科)在学中に電気工事に関する資格を取得しているとしても、債務者に入社後の電算職としての経歴は右藤原の半分以下であって、その担当した業務も殆んどがオペレーター業務で、プログラミング業務を担当したのは僅かであり、NCプログラミングは全く経験していないことが疎明されるから、航空機事業部が期待している〈2〉の要請に適合しているものとは認がたいのであり、他方、前記(人証略)によって疎明されるように、昭和五三年四月当時、右電算企画課に所属する男子係員のうち、七名が電気・電子系技術者であったが、債権者以外は全て前記プログラマーとしての資格を充分備えていたものであり、また、造船不況の影響を直接受けていた前記造船設計部或いは同工作部にも同様技術者が相当数いたのに、前記藤原の退職確定後、右各部からの適任者の選出についてさらに検討したこと或いは航空機事業部と増員数について再協議したことの形跡もないだけに、前記経歴の債権者を選定したことについては、その合理性に疑問を持たざるを得ない。

ただ、債務者は、航空機事業部の要請としては、前記〈2〉につき、「できればベテランを希望するが、適格者が得難い場合にはプログラミングについて一通りの知識があれば、航空機事業部としてある程度時間をかけて一人前のプログラマーをつけて教育してもいい」との申出があって、債権者を人選するに至ったと主張するのであるが、この様な要望とすれば、その増員自体について緊急の必要性が果してあったか疑問が残るうえ、右のような範囲にまで人選基準を拡大しても、これに適合した技能を有する技術者を他の前記不況部門(前記窪田証言によれば、前記の神戸造船事業部の電装工作部門においても、電子電気技術者は五名位いたことが疎明される)から選出することが困難な事情にあったか疑問が残るのであり、前記のような電算企画課の情況からみてその人選に合理性があったか疑問といわざるを得ない。

(五)  さらに、債務者の主張によれば、債権者が年若く、当時独身者であって、一般的にいって住居移転が容易といえる立場にあったことが本件配転を決定する重要な一要素となっていることがうかがわれ、(証拠略)によれば、債権者は、本件配転の内示を受けた五月一八日当時、二二才で独身であったことが疎明される。しかし、(証拠略)によれば、債権者は、従前から交際していた訴外岸本尚子と婚約し、右内示より少し前の五月四日には結納を済ませていたうえ、右内示前に、一一月二六日に結婚式を挙げることを決定していたもので、右岸本は、昭和四九年から、神戸市内に所在する前記川重保険組合に勤務し、当時までにすでに四年余り経過しており、債権者の給料(基本給月額一〇万七、五二〇円であったことは当事者間に争いがない)のみでは生活の維持が困難であるため、結婚後も右勤務を継続することを決めていたこと、右岸本は神戸市内に両親が居住しており、同市で育ったことなどからその住居を同市外に変更することに強く反対しており、また、前記勤務先にもなじみ、これを変える意思がないため、当時本件配転がなされた場合、債権者は結婚後の同居が困難になる事情にあったことが疎明される。なお、前記窪田証言によれば、債務者は、本件配転の内示後、債権者の説明により、婚約者との共稼ぎが本件配転を拒否する理由の一つになっていることを始めて知り、右債権者の婚約者が本件配転先の近辺で勤務できる職場を斡旋することが、債権者の同意を得るのに役立つものと考えて、右職場を探した結果、配転先である岐阜工場に近接する川重車体に受入れられる見通しがついたため、六月八日、大池勤労一課係員から、「婚約者が岐阜地区で就職を希望するなら、希望する時期に関連会社で受け入れることが決った」旨債権者に伝えたことが疎明されるが、他方、(証拠略)によれば、右就職先の選定は、債権者及びその婚約者の全く知らない間になされたが、右婚約者自身は、前記組合にすでに長期間勤務しており、将来もこれを継続することを望んでいたもので、右の新たな職場に勤務する意思は全くないことが疎明されるから、この就職先選定があっても、これにより債権者が結婚当初から別居という事態が生ずるおそれが消滅したものとは云えない。

(六)  以上に検討したところからみると、債務者の造船部門は不況のため、債権者の所属する船舶事業本部については、その人員を削減すべき事情にあったことは一応認められるが、およそ企業の一部門が不振となって仕事量の減少状態が煩常(ママ)化し、そのままの従業員配置では企業の存続が困難となるような事態に至っている場合には、手持仕事量が減少し余剰となっている従業員を他の必要部門に配置換えを計ることは、一般的には業務上の必要措置と云えようが、この場合においてもその不振部門内における各従業員の仕事担当量、その技能、配転先の希望及び各従業員の個人的事情を考慮した合理的な人選がなされるべきであることは当然であり、本件においても、前記のように仕事量減少の影響を直接受けると見込まれる造船事業部の造船設計部及び同工作部を中心に人選がなされているのであり、配転先の希望する電子・電気系専攻の技術者五名についても本来右両部から選出すべきところ、(証拠略)によれば、右両部には対象となる者が比較的少ないという理由から、内二名を間接部門である企画室管理部電算企画課から選出することとしたことが疎明されるのであって、もともと船舶事業本部の内で同課が他より余剰人員をもっていたため削減対象となったものとはいえないのであり、しかも前記のようにいずれも経験・技能も充分な課員二名を配転ないし退職により失うことになって、当初の計画における削減予定人員は充足されているともいえるから、さらに債権者を本件配転の対象とすることは、前記の不況部門の発生による人員配置における合理性を有するといえるか疑問が残るものといわなければならない。

しかも他方、前記配転先が第一次的に必要としている技能者として債権者が適しているものとは云えないし、前記配転先が予備的に求めている技能者を他の直接造船不況の影響を受ける部門に求めることが困難な状況であったことの疎明も存在しない。

従って、

これらの事情から判断すると、前記のように人手不足の状態になるおそれのあった右電算企画課に所属する債権者を、本件配転の対象としなければならない業務上の必要性は疑問があり、仮にこれがあるとみるべきであるとしても、その程度は小さいものといわざるを得ないし、その人選の合理性も疑問があるのであり、また、債権者は、本件配転により結婚当初から単身赴任をせざるを得ない事態となることが予想され、その期間の定めもないため、これに伴い多大の精神的経済的不利益を受けるおそれがあるものというべきであるうえ、先に(理由二2(二)項)述べたように、債権者については、全国的規模での転勤を原則として予想せざるを得ない幹部職員候補者に比して、配転の必要性や合理性の存在についての判断はより厳格になされるべきであり、また、それらの者に比してその個人的利益もより重視されて然るべき立場にあったことも考慮すると、債権者の同意のないままなされた本件配転は客観的にみて相当性を欠くものというべきであり、結局、本件配転命令は、債務者の労務指揮権の濫用としてその法的効果を生じないものといわなければならない。

三  本件解雇について

1  債務者が債権者に対し八月一七日就業規則二四条四号にもとづく解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、債務者の就業規則第二四条四号には、通常解雇の事由として「懲戒解雇に相当する事由があるとき」と規定し、同規則第一二三条一項三号には、懲戒解雇事由として「職務上の指示・命令に従わず、職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたとき」と規定しているところ、八月一七日、阪本神戸事務所長が債権者に対し、債権者が本件配転を拒否して岐阜工場へ赴任しなかったことは、債務者の業務命令に対する重大な違反行為であって、就業規則第一二三条一項三号の事由に相当する旨を伝達したことが疎明される。

しかし、先に判断したように本件配転命令はその法的効果を生じないものと解すべきであるから、債権者がこれを拒否したこと(この点は当事者間に争いがない)は、就業規則一二三条一項三号の「職務上の指示・命令に従わ」なかったものとはいえず、従って、本件配転命令に従わないことを理由とする本件解雇の意思表示は、解雇の理由がないのに解雇したものであって、処分の根拠を欠きその効力を生じないものというべきである。

2  さらに、本件解雇の意思表示は、以下の理由によっても、その効力を有しないものというべきである。

すなわち、本件解雇は、前記のように懲戒解雇ではなく、前記就業規則二四条四号にもとづき、懲戒解雇に相当する事由がある場合になしうる通常解雇としてなされたものであり、(証拠略)によれば、債務者は懲戒解雇を適用した場合の種々の不利益を考慮して通常解雇を適用したことが疎明されるし、また、(証拠略)によれば、前記(抗弁三1)のように、本件配転命令がなされた六月一二日から本件解雇の意思表示がなされた八月一七日までの間には、債務者は組合本部及び同神戸支部との協議を行い、債権者とも数回にわたり折衝を重ねており、また、本件配転により債権者の蒙る不利益を軽減しようとの配慮から、前記のように債権者の婚約者の就職先の発見に努力し、さらに岐阜における社宅入居を確保するなどの措置を採っていることが疎明されるし、また、債務者は前記のような不況部門の従業員を雇用の安定を失うことなく削減する必要に迫られていたもので、本件配転の拒否が右の削減計画に重大な影響を与えるものと受け止めていたことは弁論の全趣旨からうかがえるところであって、これらの事情は、本件解雇の相当性を判断するに当っては、充分参酌すべき点である。

しかし、他方、債権者本人の供述によれば、債権者は、その所属する電算企画課の事務は多忙であって、同課から債権者を削減して本件配転を命ずることに疑問を感じ、その旨六月初旬頃勤労課長に述べたことが疎明されるのであって、前記認定の電算企画課の事務量、人員削減状況等の事情から判断すると、債権者が右のような疑問を持ち、本件配転の合理性について疑問を持つのも止むを得ないものといえるし、また、本件配転の内示を受ける直前頃には、債権者は前記のように婚約して挙式の日も決定していたものであり、(証拠略)によれば、結婚後は婚約者の両親の居住地に近く、両名の勤務先もある神戸市に住居を見付けて、両名が結婚後もそれぞれ前記の勤務を継続し、将来債権者の母が扶養を要する時点になれば右住居で同居することなど、結婚後の生活設計を婚約者と話合って決定していたもので、本件配転がこれらの生活設計を根底から覆えすものとしてこれを強く拒否したものであることが疎明されること、また、(証拠略)によれば、六月九日、債権者は、その上司である窪田課長に対し、同人が債権者に虚偽の事実を述べて転勤に同意させようとしたとして、この問題についていずれの主張が正しいか、男として法のもとに正々堂々と対決する事を誓う趣旨を記載した誓約書(〈証拠略〉)に、債権者自ら血判を押したうえ右課長にも同様に血判を求めるという行動に出たことが疎明され、その行動自体異常なものと評さざるを得ないうえ、債権者主張のように、五月二五日、窪田課長が債権者に対し、本件配転に応ずるよう説得中に、「婚約者も喜んで岐阜に行くと云っている」旨虚偽の事実を告げたことについては疎明がない(債権者本人の供述及び〈証拠略〉の記載中には、右主張に沿う部分があるが、〈人証略〉と対比し、右主張のような事実を告げても、婚約者に確かめればその真偽は容易に明らかになることも考慮すると、前記の供述及び記載部分は措信しがたく、他に右事実を疎明するに足りる証拠はない)のであり、債務者の主張からみると、前記の債権者の行動も本件解雇をなす際に考慮された事情の一つとなっていることがうかがえるが、前記の異常な行動があったこと自体及び債権者本人の供述を総合すると、債権者自身は窪田課長が前記の虚偽の発言をしたものと信じ、嘘まで述べて本件配転を説得しようとしているとして憤慨したため前記の行動に出るに及んだことが一応認められるのであり、本件の異常な行動を評価するに当っては、この点と、年若く、物事を一途に思いつめる傾向のある性格(この点は債権者の供述態度からもうかがえる)の債権者が前記のように婚約し、将来の生活設計を夢みた直後に本件配転の内示を受けたもので、(証拠略)によって疎明されるように、債権者は、前記の婚約及び結婚後の生活設計について窪田課長に説明し、配転の撤回を求めたが受け入れられず、その内示の五日後である五月二三日には、債権者は同課長から、右配転に応じない場合の解雇をほのめかされて憤慨した経過も充分考慮されなければならないこと、また、債権者は、前記配転命令が通知された直後頃、松田係長に対して神戸周辺の勤務地なら転勤に応ずる旨述べ、さらに六月末頃、組合役員に対しても、如何なる職務を担当してもいいから神戸周辺で勤務することで債務者と交渉するよう申し出ていることが、債権者本人の供述によって疎明されるのであって、その住所地の希望がかなえられる場合には、如何なる配転も応ずる姿勢を明らかにしていたこと、(証拠略)によれば、債務者の従業員のうちには、本件配転命令がなされた頃、住居の移動を伴わない配転の説得を受けてこれを拒否した結果、配転が実現されないままとなっている者が幾人かいることが疎明されるから、年若く高校卒業者であった債権者が、幹部職員候補者とは異なり、住居の移転を避けられない遠隔地への配転を拒否し得ないことはないものと信じていても、一概に非難するのは相当でないこと及び(人証略)によれば、債権者は、本件配転命令がなされる以前の約四年間においては、特にその勤務態度等において社則に違反するなど非難されるべき点はなく、むしろ電子計算職としての技能の向上に努力し、真面目に勤務を続けていたものであることが疎明されるなどの事情が存在している。

ところで、本件解雇は、前記のように懲戒解雇でないけれども、実質的には懲戒処分としてなされたものであり、解雇は賃金を唯一の生活源とする労働者をその地位から放逐するものである点で、他の懲戒処分とは異質のものであるから、その行使は特に慎重になされなければならないのであって、一応「懲戒解雇に相当する事由」がある場合においても、その行為の内容、それがなされるに至った経過、当時の周囲の状況、対象者の地位や職務内容、平素の勤務態度など諸般の事情を考慮して、その行使が客観的にみて妥当性を有するものと認められる場合でない限り、その解雇権の行使は権利の濫用として許されないものと解すべきである。

そして、先に認定した諸般の事情を総合して右の見地から検討すると、仮に本件配転命令が有効であって、これに関し債権者のなした行為が前記就業規則一二三条三号に該当するものと解すべきであるとしても、債権者に対しこれを理由として本件解雇をなしたことは苛酷であって客観的妥当性を欠くものと云わざるを得ない。従って、右解雇権の行使は、解雇権の濫用としてその効力を有しないものといわなければならない。

3  以上のとおりであって、債権者に対する本件解雇の意思表示は、その余の点について判断するまでもなく、その効力を有しないものであって、本件労働契約はなお存続し、債権者は依然債務者の従業員として債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものといわなければならない。

四  賃金債権等

債権者が、本件解雇当時、毎月二五日に基本給月額一〇万七、五二〇円の賃金の支払を受けていたこと及び債務者が八月一七日債権者を解雇したとして以降債権者を従業員として取り扱わないことは当事者間に争いがない以上、債務者は債権者の就労を拒否しているものとして、債権者は債務者に対し、八月一八日以降の賃金請求権を有するものといわなければならない。

五  保全の必要性

(証拠略)によると、債権者は債務者から支払われる賃金のみによりその生計を維持して来たものであるが、本件解雇通知後特に定収入もなく、その後一一月二六日には前記の婚約時の予定通り婚約者岸本と結婚式を挙げて同居し、同女の前記勤務による収入約七万六、〇〇〇円で両名が生活している状態にあって、本案判決の確定を待っていては回復しがたい著しい損害が生ずるおそれがあることが疎明され、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、本件においては、保全の必要性があるものというべきである。

六  よって、本件仮処分申請は全部理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大石貢二)

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